それはいかにも祐介が、ふだん彼女をこき使っていることへの当てつけにも思われ、その勢いに呑まれていささかたじろいだが、
「ああそれはもちろんわかっているよ。僕がそんなことを疑うわけはないでしょう。大体こんなありもしない話は聞いている僕だって腹立たしく思うけど、しかしもう少し間を置いて考えた方がいいと思うんだがなー」と制した。
「いや、わたくし、絶対に先生か奥さんに会って来ます」と彼女は断固として決意の程を示したが、しかしすぐ実行には移さなかつた。
こんな会話が三日程続いた翌日の晩、志保は「わたくし、いろいろ考えたけどやっぱり行くことに決めました。だけどその前に今夜お電話をしておきます」と言って受話器を取り上げA薬局長宅を呼び出した。
受話器の向こうに出たのは薬局長A氏その人であった。訪問の用件を聞かれた志保は、薬局長の奥さんが掛けてきた電話の内容をかいつまんで説明した。この話を聞いた薬局長はさぞ驚くかと思いきや、電話の向こうで大そう恐縮して平謝りに謝っている様子が手に取るように伝わって来た。電話が終わったあと彼女は
「わたくし、もう行かないことにしました」と言った。
祐介は、今までの勢いが急にどこかに消えてしまった様子に半ば呆れて
「先生はどう言っていたの」と聞いた。
「先生はお気の毒な方ね」とさっきの気負いは俄かに同情に変わってしまった。
「あなた、あの奥様は被害妄想狂なんですって。奥様の体の調子が悪いと言われたのはそのことで、どうも最近ひどくなってきて、ほかにもたびたびこんなことがあるらしく、先生も困っていると言ってらっしゃいました」
「ははーそんなことなの」と祐介は意外な結論に感心したように合づちを打った。
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