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随筆

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 クエンサン そーだ
【第4編】
 

 今度は聞こえたと見えてY主任は振り向きざま「そーだ」と返事をした。彼女はもう一度確認のため同じ質問を繰り返したがY主任は振り向いて再び「そーだ」とおうむ返しに怒鳴った。作り方を教わっていた彼女は薬品調整室に入ると、そそくさと試薬の結晶を量り水に解かしてフラスコに流し込みボイラー係に高圧滅菌を頼んで退社した。

 採血は二日置きに屠殺場で行われ、翌日予定通りに採血班の一行は目的地へ向かった。
屠殺場は二キロメートル程先の町はずれの田んぼ中にあり、その古びた木造建築の回りはまばらな木の柵で無造作に囲ってあったが、一歩建物の中に入るとそこには頑丈な柵が設けられていて牛たちはそこで屠られていた。装置一式をリヤカーに乗せたS子等の一隊は屠殺場につくと早速準備を始めた。今日は先輩のI子があいにく培地班の欠員穴埋めに回っているため新米のS子が主になって作業を進めなければならなかった。
主任獣医のN青年は採血の指示を与えると、「S子おまえも大分慣れただろうから今日は度胸試しに後の三人とやってみてよ。俺はどうしても片づけなきゃあならない用事が残っているから先に会社に帰るよ」
と言って引いて来た自転車に乗ってさっさと引き上げてしまった。

 今日の生贄は大層恰幅の良い赤毛の雄牛であった。牛はその頑丈な柵の入口にくると事情を察したか、ふんばったまま頑として柵の中に入ろうとはしないので、手を焼いた牛方が二、三人で押したり曳いたりしたが梃でも動こうとしなかった。

 牛方は舌打ちをしながら応援を頼み、今度は五、六人が束になって尻を押すと、漸く柵の中へ押し込まれた。がんじがらめに縛られた雄牛は赤い目をむいてモーと一声、二声うなるように鳴くと後は観念した様に静かになった。

 生きている牛から生血を抜き取るという作業は熟練と度胸のいる仕事であった。
今までは先輩のI子に頼っていたが、いざ自分が指揮を取るという段になると、なんとも心細かったがそれでも、気丈なS子はテキパキと作業を進めていった。後の三人は彼女に命じられるままに牛の頸部の毛を剃刀できれいに剃り落しピンク色に露出した素肌を丁寧に消毒した。その素肌の下の太い頸動脈目指して彼女は採血針を一気につっ立てた。


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